0. 自己紹介

• 村山　正碩（むらやま　まさひろ）： 一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程。

• 専門： 分析美学。とくに造形芸術と感情表現に関心がある。

• 博士論文のテーマ： R. G. コリングウッド『芸術の原理』に基づく自己表現の理論。

• 意図論争について： 以下の三点を理由に、この論争に加わることに抵抗があった。

  1. 文学作品を念頭に置いて議論が進みがち。
  2. 外から眺めているかぎり、各陣営の実質的な対立点がわかりにくい。
  3. 論者間で共有されている意図理解に違和感がある。

  ただし、近刊にて芸術制作の創造的性格について論じており、本発表同様、意図論争の前提の再考につながる内容となっている（基本的には感情表現の話をしているが）。

  • 「表出性と創造性：表出説を改良する」 『新進研究者 Research Notes 第5号 (2022年)』

村山 正碩

1. 導入：意図論争から一歩引いてみる

• 意図論争： **〈作者の意図は芸術解釈に関与的か〉**をめぐる論争。
• 意図論争は往年のように活発ではなく、現在下火状態にあるが、その理由として以下の二点が考えられる。
  1. 分析美学が扱うトピックが多様化してきたために、相対的な関心度が落ちてきた。
  2. 意図主義陣営も、反意図主義陣営も、互いの立場を洗練させていった結果、両陣営が提出する理論が非常によく似たものとなっているにもかかわらず、なおも着地点が見つからず、議論が堂々巡りしている印象を与える。
• Kubala（2019）： 解釈の目的を再考することが現状打破につながると提案。
  • とはいえ、現状を打破するためのアプローチは複数ありうる。

<aside> 🚅 本発表では、そもそも**〈作者の意図とは何か〉**を問い直すことを提案。

</aside>

• そもそも論： 論争の行き詰まりを解消するための日常的な戦略。とりわけ意図論争では有効でありうる。

• Lin（n. d.）： 意図論争では、「意図」などの基本的な用語をいかに定義すべきかについて合意形成されないまま議論が進む傾向にあり、必要な場合にのみ明確化が行われると指摘。

• この点は決定的に重要。論争において、論者間で意図とは何かについて暗黙の前提を共有している場合、その前提は明示化されずに留まってしまう。

  • しかし、その前提が誤っていたらどうか。議論が行き詰まりに陥るのも無理ではない。
  • 実際、論者間で共有されている意図理解について懸念を示す意見がある。

• Warburton（2008）： 意図論争に加わる論者の多くが作者の意図を芸術作品の原因として捉えており、さらに作者が内省可能な（自分の心を覗くことで自分がどんな意図をもつか理解可能な）ものとして意図を捉えていることを指摘。そのうえ、これは問題含みだと懸念を示し、代替案の方向性を示唆。

  R. G. コリングウッドの（『芸術の原理』に出てくる）芸術理論はどうだろう〔⋯⋯〕。彼の図式は、多くの芸術家に当てはまるだろうが、そこでは、芸術家が芸術作品の制作に先立って明確な意図をもっているという考えは、ほとんどの場合、ありそうもない。 （Warburton 2008）

• 本発表では、Warburtonが示唆した方向性で、芸術制作（ひいては創造的行為一般）における意図のあり方を探る。

  • とりわけ、以下で示すように、芸術家は事前に明確な意図をもたず、制作の過程で自身の意図を明確化していく、という芸術家の意図について広く指摘されている現象を関連する諸現象から区別し、輪郭づけ、比喩に頼らない仕方で具体的に記述することを目指す。
    • 断片的に記述されるに留まることが多く、哲学的議論の対象として扱いやすいように言語化されてこなかった現象を扱う関係上、このような課題になる。

2. 創造的行為における意図の特殊性

• **意図（intention）の特徴づけ： 行為において、意図内容の基本要素は目的（aim/goal/purpose）**である。

  • 行為者は自分の目的すべてを意図するわけではないとする論者もいるが、**意図されるもの（＝意図内容）**に行為の目的が含まれることは否定されない（cf. Paul 2020）。
  • 意図は目的状態ではなく計画状態だとする論者もいるが、計画は目的（と手段）を含み、最小限の計画は目的だけを含むとされる（Mele 2010）。

• 行為者が自分の目的を知ることに関する以下の意見の相違は本発表にとって示唆的：

  その目的であるはずのその根源的な本質を、個人はようやく行われたことから知るようになる。 （Hegel quoted in 川瀬 2017: 9）

  行為が為されたあとで初めて目的が何であったのかわかる、という主張はにわかには受け入れがたい。 （川瀬 2017: 9-10）

  絵画のような実践では、芸術家が自分の作品の目的を知るに至るプロセスに、その作品の制作行為に従事することが含まれる。ある仕方で描いてみて、次に別の仕方で描いてみること、そうして満足したり、不満を覚えたりすること、そして、なぜあるやり方や作品の要素が正しく、別のやり方や作品の要素はそうでないかを考えること、これらはすべて、自分の作品で何を達成したいか、言い換えれば、自分が何をしようとしているかに気づくプロセスの一部であるように思われる。 （Gilmore 2000: 80; cf. 2011）

  • 問題は、実際に行為するまで自分の目的がわからないケースの存在を認めるか。